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Year: 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2008 2007 2001
1、2度手にしてはいつも読めなかった本
なんとか今回は読みきれた
黒ミサがかかわる時の描写がしんどかった

以下、ネタバレあり



とにかく面白かった、
エピローグで
犯人があらわれるとき
今まで堪え忍んだ証のように
イワナガヒメ(黒)から
コノハナサクヤヒメ(桃色)へ
きりえたすがたの
描写もうつくしい

その後、プロローグへのつながりも
美しい、たぶん
図にすると、蜘蛛の巣のような
そういう章構成のようだ



プロローグで犯人の告白には
「じょろうぐも」があらわれる
エピローグでは
「こだま」があらわれている

犯人はずっと
「こだま」のふりをしていた
おうむがえしにひとの声をかえす
こだまだった。

憑き物おとしの基本は
正体をあばくこともふくまれる



居場所がほしいといっていた犯人は
たぶん、誰の心のなかにも
自分がいないことをもって
居場所がないと、
感じていたのかもしれない

彼女が破綻していったのは
結婚してからなのかもしれない

結婚し、あわいきたいを抱いていながら
伴侶のこころには
自分がいられるかも、と
おもっていながら

そこにも彼女がいなかった時に
この事がはじまったのかもしれない

鏡面相というのがある
彼女はまた彼女の旦那とおなじ
どうしても「役に立てないもの」であり
旦那のダメ人間行為は、
彼女のほんとうの姿を
鏡面のようにうつしだした
あらわれだったのかもしれない



同時に、蜘蛛の巣のように
事件をつくりだす事件が
蜘蛛のつくりあげたものだとしたなら

彼女は、曾祖母の
もしかしたら
伝身(写し観)なのではないかとおもった

彼女は彼女のつくりかたで
蜘蛛の巣をつくりあげた

彼女の犯行は、彼女の産出だけど
彼女が犯人にしたてあげた曾祖母も
ぼけていないときに、
糸をはっていたんじゃないか

彼女の行動には
その意図(糸)の影響が
残滓していたんじゃないのか



八つの扉の部屋
その部屋は、曾祖母が
そもそもすんでたところのようおもう

女系家族だから
長女が家督をつぐのだ
長女は殺された
だから彼女がついだ

部屋はそもそも彼女に
あてられていたものではなくて
家督をつぐことになったとき
あてられたんじゃないか

だから、彼女は
あの旦那を旦那にさせられたんだろう

この家族は彼女を蔑ろにしてみえていたけれど
じっさいは、あの旦那をあてがわれていることも
部屋をあてがわれていることも
「家督のつぐもの」として
扱われていたことがわかる

だとしたら、
部屋をあてがわれたとき
彼女は、蜘蛛をついだ
あるいは
本格的にきどうしたのかもしれない





バイアスのかけかたで行動がかわる
状況により行動が構築されるだけで
ひとは思考により行動しているわけではない
だからバイアスと状況を構築すれば
ひとの行動はある程度つくりあげられる

私は「無明の知」が
ほんとうの「人間の知恵」だとおもう

「私は知っている」は現実的ではない
「私はしらない」が
もっとも現実にちかい

「自分がしらないことを
体感会得で知っている人」は
やはりどんな時も
知らない自分がいるからこそ
調べることをおろそかにしない
だから
賢い選択をしやすい

同じように「私は正しい」も現実的ではない
人間は「正しい」にはいられない
絶対的にいられない
だから
どの人のどんな意見をとっても
「正しさ」は確率になる

なのに「私は正しい」が醸し出る人は
だからこそ、のきなみ
「現実の等身大」ではなくて
「詐称心理」の姿をしている

現実には、そんな人間は、あり得ないからだ



思考は行動時にはおきない
状況は行動をおこさせる

沈黙したとき
ようやく頭は起動する

思考は悩むことじゃない
頭をそうして起動させて
知恵をうごかすことだ



人間であるなら
生きる限り
バイアスはなくならない

知識見識そのものだから

でも「私はしっている」とか
「私は正しい」とか
そういうバイアスは
選択肢をなくしていく

バイアスは個性だ
上の二つの個性は
せまい。





気づいて取れる糸(意図)程度の蜘蛛はまだましだ

人の意図に踊らされたくないならどうすればいいんだろうと
本を読みながらつらつら思っていた

「蜘蛛のもの」
つまり「糸により踊らすもの」は
存在しているようにおもう

何にも考えずに、広い空でも見るといいのかもしれない
考えるからこんがらがるんだ
さまざまなことにとらわれても
ふいに「ばかばかしい」と
ふっきれて「自分の本来の姿に戻れる」が
タフだといえるのかもしれない



「ばかばかしさ」はいつも常にどこにでも転がっていて
深刻っていうのはそうそうない
たんに頭が「深刻にする」時が多い

そういう時、バカバカしさに気づけたら
なんだか色々自由になれる気もする
2021-08-30 18:59:54
どんなときも
自分のほんとうのこころで
話をしたり、動いたりできたら
たぶんそれは勇気といえるし
力とも言えるんだと思う

やりたいことをちゃんとできたら
人はみていてくれるし
認めてもくれる

ただ、ちゃんとできていないのに
出来ているようなつもりになって
なにかのところに
にげてしまうから

不埒なところが
あいているから
ぴったりと、くうきがあわない

真の心って
すごく、ちゃんとしてて
本当はずっとしってるし
きちんと、まともな判断をしている

どんなときも
どういう状況でも
心の中のほんとうと
ちゃんと向き合えたら
いいなぁとおもう
2021-08-21 17:27:09
☆8/8 閉会追記

本展示会、無事に開催おわりました

このような時代において
いらしてくださった方々に
こころより感謝申し上げます

ご閲覧ありがとうございました

ーーー

☆7/31 追記

本展示会、そのまま
8月2日から7日まで開催されます

消毒と手洗いうがいをよろしくお願いいたします

なお、展示される私の絵画は
すべて本サイトで公開されますので
無理なくご自衛をしながら
もしも、ご興味がございましたら
よろしくお願いいたします

----

☆展示会のお知らせ

8/2より7まで
東京八重洲口、t-boxさんで開催される
「mix展ー偉人のおもちゃ」に参加します
link 画廊t-boxさんはこちら

もしもご参廊いただけましたら
よろしければ、ご記帳に
市川宛をお願いいたします
のちほどDMを送らせていただきます

※状況により開催や時期など
いろいろ
かわるかもしれません
時期が近くなったら
いまいちど、確認をお願いいたします

(開催されます)

※体調が悪いときの外出はご遠慮ください

※はいってすぐのところに
消毒薬がおいてあります
入室時にはマスクの着用と
手の消毒をお願いいたします

※混むことはないと思われますが
ねんのため、画廊内を確認し
人が多いときは
時間をおいて再度おこしください

よろしくお願いいたします

-----

☆多謝御礼

web拍手ありがとうございます
個別レスはしておりませんが
ひとつひとつ大切によんでおります
ほんとうにありがとうございます
2021-07-08 15:16:36
近場歩いて、マスクしながら
いろんなものを
紙にかいてる
たのしい

毎日マスクして
つけてないと
あ、忘れてたって
もう違和感がでるようになった

マスクしなくてよい日が
いずれくる、そのとき
またちょっと
違和感とか覚えるんだろうか

でも風邪の時期は
やっぱりマスクしていると
なんだかたのもしい

いままで、ここまで
マスクしてなかったから
気がつかなかったけれど



外にでないとダメだとおもう
どうしても、ダメだ。
人とあわないと
やっぱり、ダメだ

でも、危険なときは
やっぱり、危険をまえに
ちゃんとしないと
お互いが怖い




自分の声をもつ人が好きで
他人の声で話すひとがきらいだ

単にそれだけのことに
気がつくのがずいぶんかかった

自分の声のひとは
嘘が少なく
はなしが、その人にしか
できないことをされる



目の動き。
人の心のままだという
声もまた、ひとがでる。
電脳世界でも、ひとがでる。
2021-06-30 12:40:08
Series.日常徒然

茶筅を買ってきたので
お茶を点ててみた

点てた御茶は
苦味がなくて美味しい
いつも、これって
紅茶とかも
粉末にすれば
点てられるんじゃないか、と思う

水は無味ではなくて
味があるし香りもある
空気もそう
よい空気をたくさんふくんだものは
とても美味しい

お茶を点てると甘くなるのは
空気がたくさん含まれるからかもしれない
2021-05-27 11:45:55
身体がなにかと戦っているとき
ほかのものへの対処が甘くなるらしい
二つの戦いは同時にはきついらしい
どうも、休みたくなるとは
ひとつの戦いに
身体が集中したがっている
そういうメッセージのようだ

それで、身体に不調の時は
外にでないで
休んでいた方がよいらしい

そういう風にできているらしい

エネルギーもそんなところがあって
太陽に浴びるのはとてもよいけど
不調の時はあまりうろつかず
ゆっくり休む方がいいようだ

「弱っている」だけだと
思いがちだけど
意識の出来ないところで
身体が(あるいはエネルギーが)
いまきている「不和」と
戦っているのだ

わたしは、そんな風に思う

だから、不調の時は
戦いの支援として
休息と、栄養を送ろうとおもう

身体は、あるいは魂は
生きたがっている、いつも
頭はせかちがちだし
いろいろ理由を見つけやすいけど
まずは、身体ふくめ、
自分の味方をするといいと思う

なんとなく
そのほうが、周りの人との関係も
どこかよくなるようにおもう

それがもしかしたら
自立(自分を律し、自力をもつ)ことの
ひとつだからかもしれない



現実のよくないものを
被らないようにして
被ったら、回復するように

エネルギーにも
そういうところをもちたい

身体が戦っているとき
自分で、
自分の味方をするようにしていたい

自分を助けられる人が
ようやく、なにかの役に
立てるんだと思う
2021-05-23 11:27:29
時間というものを
盗んでいくものが
ものがたり「モモ」の中に
出てくる
「灰色の男」といわれる

かれらの盗みかたはとてもうまくて
「時間は重要です」という
「節約しましょう、
これとこれは無駄です
そのぶん、これをしましょう」という
そうして人が節約すると決めた時間を
「私達にお預けください
いずれ貴方が必要なときに
利子をつけておかえしします」
そう約束し、もっていく

もちろん「必要なとき」なんてものは
おとずれない
約束してしまったひとは
「節約して」生きていくのだから

たまに、今のニュースを聞きながら
そのものがたりをおもう

私は「節約すること」と
「大事にすること」は
イコールではないとおもう

「モモ」のなかで
節約された時間、
灰色の男にわたされた時間は
人に花をおくる、とか
なにか他愛のないことを思って
数時間すごす、とか
そんなことだった

うまくやられて盗まれたひとの
せっかちでイライラした様子より
灰色の男の、
なにももっていない感じが
ものがなしかった

今になって思うと
あれは「むなしさ」の
姿そのままだったと思う

私はとても昔に「モモ」を読んだ
星の王子さま、モモ、アリスの話は
いつも忘れられない
2021-05-05 11:45:30
Series.日常徒然

雨が降っている
音を聴きながら
眠りにつくと
水のなかで
寝っているような気持ちになる

さいきん、よく
水を飲むようになった
意識的にそうしている

たとえば
塩分の高いものを
水でわったときと
そのまま飲んだときとでは
なにか違うんだろうか、と思う

以前、毒を飲んでしまったときは
水をとにかく、飲みなさいと
言われたことがある

希釈というのは
ないようでいて
じつは
効き目がある

無色透明で
ないようでいて、
存在している
水の力なのかもしれない
2021-04-29 15:08:53
あたたかさがましてきて
眠気がぽわぽわ
浮いて出てくる

心地善いんだけど
ねむい……

ゲームをつくって
絵を描いての
ローテーション

とくに変わったこともなく
けれど変わらないこともなく
ゆるやかに
すこしずつ、
景色がかわっていく

さいきん
現実が生き物のようにおもえる
人間がたくさんいて
たくさんの灰色のものが
乱立しているけれど

世界はそもそも
人間よりおおきな命の郡れなんじゃないか
風も空も
生きているんじゃないか

……もうすこし
はやく、うまくなったり
つくれたりしたいけど

ゆっくりにしか
進めていけないことも
面白いことなのかも知れない
2021-04-07 13:36:44
東京・八重洲口 T-Boxさんにて
https://www.tbox.co.jp/
春を歩く展に参加します

わたしは6点ほど
小さな絵画を展示します
(一点9000円から販売しております)
※このサイトでも順次公開されていきます

ご来場のさいは
マスク、消毒、および
密の回避をお願い致します

また体調が万全でないときは
今回はひかえられて
またの機会をご利用ください

この案内を見かけられて
ご来場されたさいは
ぜひ、名簿記入のほうに
「市川宛」をお願い致します
(のちほどお礼のはがきをお送りします)

よろしくお願い致します
2021-03-14 09:22:39
気がついたら
寒い日があるものの
どこか風が温かい
ねむい。

花粉症はねむくもなるらしい
アレルギーはふしぎだ
からだの治癒
回復反応なんだろうか

わたしはブタクサにアレルギーがある
杉とかじゃなくて
ブタクサ……なぜなのか

☆彡

過剰なことを
すこし避けている
いろんな…

なんとなく
バランスなのかなぁと
いつもおもうから

そうして気をつけていると
なんとなく、
バランスがまんべんなく
よくなってくる気がする

☆彡

とりいれすぎると
とりこまれる
と、おもう
でも、あるものを
ないことにするのも
危ないとおもう

とがりすぎたことは
いつも過剰だとおもう

そうして、自然にしていると
「らく」なほうばかり
過剰になりがちだ

「わたしがただしい」ってことの
はんたいがわにあるのは
ほんとうに
「あのひとがわるい」なんだろうか

いつもそれは
視野がせまくなるとでてくる
せまくなるって
なにがしかの過剰があるんだとおもう

「わたしがただしい」ことは
らくなことだ

☆彡

ほんとうのただしさは
たぶん、ぜんぶ
救えるような
そんなものだ

でもそんなものはどこにもない

だから
ひとがもてるのは
擬似的な正しさだけなんだとおもう

「だれかを(なにかを)悪とする」ことで
無意識に
あらわれる
「わたしが正しい」って
正義ではないし

脆い。

☆彡

「間違っているもの」や
わるいものがないと
伝えられないことは
そうしたものに依存している

ほんとうに
よいもの、真美物は
比較がいらない

『くらべてみてください
これより(これは劣悪ですね)
とてもよいでしょう?』

善いものを善いと伝えるのに
なんでそんなものがいるのか

わたしには
劣悪がないと
表現できないことは
よいものにはみえない

☆彡

ナイフには
たぶんだれにでもなれる
とがるまで
過剰になれば早い

でも、人間や人間の世界に
必要なのは
違うものなんじゃないかとおもう

わたしは、
「わたしは正しい」に
気が付いて、
ぬぐえるひとが
かぎりなく
正しさに近いんじゃないかとおもう

☆彡

甘いもののたべすぎとか
運動のしなさすぎとか
その逆とか……

同じようなものにみえる

情報とか
ひとのことばにも
エネルギーがあって

感情にも
エネルギーがあって

本を読むとか
絵を見るとか
インターネットにふれるとか
そんなことにも

わたしは
「栄養素」と
おなじことのようにおもえる

からだの、ではなくて
「気」のぶぶんの

「気持ち」とか
「こころ」とか
そんなところが影響をうけている

だから、いろんなことは
ぜんぶ、
バランスが必要なんだとおもう
2021-03-08 17:48:19
なんとなく
ひとごみをさけながら
たまに外食にいくんだけど
よいなぁ、ってお店は
なんだか、こんなときも
前を向いている

前はなかったことが
しだいに導入されていって
さりげない対策が
きちんとされていって
だんだんに行きやすく
かわっていってる

もちかえりも
さかんにかわっていってる

ああ、なんだか
自分もそうでありたいとおもう



あたらしいこと
へんかしていくことが
よのつねで
たしかならぬことが
すべてだというなら

みちぱたの
おりおりの、ながれのなかで
さまざまを
まなんで、つないで
とりいれて
まなんで、つなぐ

そんなことばかりが
よいことにつながるんだろうか

だれもただしくも
たしかにもなれないなら
ただ、みちみち
まなべるかどうかが
ひかりをみいだせるかどうかに
なるのかもしれない

けものとくらべれば

ひとのちからで
もっもとつよいのは
ちえだという



デッサンにいくたびに
まなびが浅いようにおもえる
うまくかけない
でもうまくかけないことが
わかってはじめて
すすめるんだって
2021-02-28 13:13:04
いろんな世界
スピリチュアルとか
すこし、いろいろ、
行ってきたけど
「あたりまえなこと」とか
「ふつうなこと」とか
それがどれ程大切なことか
おもいしる

「とくべつなこと」は
かたむけば
「いようなこと」にすぎない

普通なんてない、て
いわれているけれど
そうなんよね
そうなんだけど
でも普通ってあって
それが大切なんだと思う

わたしとともにいてくれる
「見えないかたがた」は
いつも
あたりまえな、継続する努力とか
地味な事とか
「あたりまえな」の
「ふつうなことをすること」の
大切さをとかれていた

わたしは、ともにいる
見えない方々
いつも、平常や普遍をいつくしみ
道外れることなく
おごることなく
いまだにまなび
日々をあゆまれている方々が
とてもすきで
尊敬をおぼえる

わたしは
「ふつう」って
どこにもないんだけど
本当は、ちゃんとあるんだと思う
そうした
「あたりまえ」とか
「ふつう」からみて
自分はどうみえるか、って
どんな行為や言動をしているのか、って
気にする程ではないけれど
忘れてはいけないように思う

とくに、みえない世界と
そばにいるなら

☆彡

数年前に
見える(わかる)ようになって
スピリチュアルな自分を
おもてにだすか
裏で隠すか、考えた

わたしは、嘘がいやだった

わたしの絵や作品には
(わかっていなかったころも)
いつも、モデルさんが
いてくれた

それを
自分の発想です、というのが
いやだったし
そういう体裁じゃ、
描けなかった

わたしは、霊能者じゃない
絵描きだ

だから、表にだした
かれらがいることと
彼らを描いていることを

表にだして、きちんと
かれらとともに、
絵を描いていきたかった

☆彡

これからも
わたしは
絵描きなんだと思う
2021-02-21 15:55:37
いやなことに
向き合い続けると
アドレナリンが出るらしい
アドレナリンは
闘争本能みたいなものだろうか
「たたかってしまう」ように思える

戦いというのは
負けか、勝ちか、だから
深いところの流れを追えば
昔は命がかかっていたものだから

いやなものが
「消えない、なくならない」かぎり
まるで追い詰められたような
どうもずっと不幸な気持ちが
なくならないらしい

犬を前にしたウサギのつらさか
猫を前にしたネズミのつらさか



私は昔こればっかりだった
ひとに「戦わないことも
選択肢にあるんだよ」とか
「真正面からぶつからないで
さっとよけることだって
必要なんだよ」とか
いろいろ言われた

闘牛士になればいいのだけど
「闘牛」のほうになってしまう

「ラビリンス」の話
迷宮に迷い込み
牛の鬼に追われ
蠟の羽根をつくり
逃げたところで
太陽に近づきすぎて
落ちたものの話……

たまにそんなことを思い出す
それはいつも「ロマン」を覚える

私は、いつも
苦しめてくる
「牛の鬼」は
私自身から、うまれたように思える

☆彡

もうすぐ春だ
己の中の牛の鬼
にっちもさっちもいかないものに
怒っている、泣き顔を
みつめていても
季節は適当に過ぎていく

なんとなく
どうも
そうしないことはできないけれど
戦いを忘れる日が
最近、ぽつぽつできてきた

メリハリがあっていい

あと
意外と幸福なことに
たまに気が付く
2021-02-04 06:57:35
昔みた、アニメで
「毎日善かったことを探すの」とか
そういう女の子がでてくるものがあった

私はテレビをみるのは
すこし苦手なんだけど
印象に残るところは
とても深くまでのこっている

最終話で、女の子に
そうしたことを
伝えられた人たちが
屋敷に集い、
女の子のおばさんに伝える

「あの子はみんなに
よかったさがしを
おしえてくれました
なぜ、あなたは
知らないんでしょうか」

おばさんだけが
「よかったさがし」を
しらずにいた

そんなシーン

今この頃
なんとなく
よかったことを
思いかえしてみる

ない日もあるし
ある日もある

昔の私はずいぶん
脳天気で
笑ってばかりだったようにも
思い出せる
2021-01-17 14:22:56
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