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Year: 2019 2018 2017 2016
エネルギーの物語

神と堕天使の関係



隠り世の現実は
隠されていて
また、神様を含む
おひとりおひとりの
いのちや、意志が
生きて動いているために
固定されてはいない

そこには物質はなくて
流ればかりがある
そこにひとりひとりの命があって
かかわりがある
これを縁といい
この世になにがしかをもたらす
この世は縁というのは

隠り世にあるのが
命と命の、縁ばかりで
それにより
流れがかわるだけだから、だ

……

神様は、ひとり
おおいなるもの、と
私は呼んでいるが
すべてをもち、
すべてに現れる方と

こまごまと、
そこから流れ別れ
かけらとなり
プリズムとなり
人の傍らに
命と歩む、光のかけらの
神様と

神様のおしごとをされる
天使と
呼ばれる方々と

また、堕ちた方々

……

澄み切った水に
写り渡る山の景色は
山に似ていて
山に似ていない

まず、逆さまで
ゆらぎをもち
遠近がなく
よくみると
色が濃い

堕ちた神、は
堕天使、は
このような様をもつ

この世が水だとしたら
そこにうつしだされた
神のすがた、
上下あべこべとなった
そのすがたになる

……

隠り世の現実など
とうてい、文字で
あらわせるものではないし
絵でも、なんでも
あらわせるものではない

唯一、たんなる「音」が
もしかしたら
あらわせるかもしれないと
思う

言葉をもたない音が
かれらのすがたを
なぞれるかもしれない

……

隠り世の現実は
縁とその流れだ
どの流れにあるかで
この世にあらわれるものが
異なる

堕天使は
人間の持つ
神へのうらみ、憎しみ
ほんとうは
神を愛しながら
怒りに駆られる
上下あべこべとなった
己のこころと
リンクする

……

幸いあれかし

隠り世の現実は
流れをもつ
縁の海

だからこそ

愛にないものは
流れ落ちていく

だからこそ

愛にあるものは
光りがともり、
縁がもたらされる

それだけのことだ
2017-10-27 06:57:55
不思議レポート

闇が消えていく日



じつは
だいぶ前からなんだけど

観念で、そうしたことを
ないことにしたとしても
エネルギーの、ながれから

ひとりのひとの
まわりから
「悪人」、あるいは
「敵意をもつひと」が
きえることはなくて

つまり
そのひとを基準に
善人、ふつうのひと、悪人
好く人、ふつうのひと、
どうでもいいひと、嫌う人
の。バランスが
変わることは
なくて

精神性や、心理や
現実の行為の
問題ではなくて

エネルギーのバランスとして
消えることがなくて

気にしないことはできても

そうしたことが
まわりから
消えることはないんだよ

……

これは現実の出来事にもいえて
嬉しいこと←ふつうのこと→嫌なこと
は、どんなときでも
つねに生じる

の、このバランスは
崩れることは
いきているかぎり
ないんだと思う

……

それは、自分の内心にもいえて
良性←ふつう→悪性
の、バランスが
かわることもないんだ

観念をつくりあげ
良性のみを
自分だと
みているときは
あるけれどね

……

闇が消えていく日が
この先おとずれるらしい

私はそれは
この
善←普通→悪の
バランスが
変わる日なのかと思っている

……

日々、闇が消えることはあって
自分を…闇におけば
まわりからは
闇が、消えるんだけど

それは普通、人はしないし
しなくていいんだと思う

……

「良い子でいてほしい」というのは
実は、闇なんだと思う……

ひとにも、自分にも
自分の、日々や人生、運命
他人にも、神様にも

「私は、善人」というのも

……

人生や運命
他人や神様
なんでも

「あなたは良い子だから」って
そんなこと
しないはずでしょ、とか
そんな態度は
もたないはずでしょ、とか
そういう心と、同じように
手前勝手な欲を
現実の上に被らせるのは
やめてほしいなぁと
私は、思っていた

私は、なんだけどね

「良い子」「良いもののはずだ」は
きっついなぁと思う

人生にたいしても
おとずれたことにたいしても
見えないものにもたいしても

「そうじゃなかったら」
削り取ってないか

……

善だけをおうこと
そういう方が
じつは、
ひとのことも
世界のことも
無視していると思う

自前の思い込みしか見ていない

そこにある悪性を、
きちんと見て
怒ったほうが
わかってくれたり
良い子だから、なんて
いわれないで
ばかやろうって
嘆かれたほうが
しっくりきたり、するもんだけどな

……

運命も、神様も、人生も

……

うまくいかない。だけだから。
嫌われたり、悪人がいたりするから。
好かれたりもするし
善人もいるから。
うまくいったり。うまくいかなかったり
するだけだから。

「良い子ではない」

あたまのなかにある
理想のような良い子、
良いものは
見えないものにもいないし

じつは、現実にもないし

じつは、人生や、運命にも
出来事にも、日々にも
日々あたえられる細かい事
すべてにおいて
いない

……

人を…、世界を愛するって
美化することや
美しさ、善性の思い込みを
押しつけ
抑圧することじゃ、ないと思う

善悪のバランスは
エネルギーの現実から
変わることが無い
自前からわくものも、
ひとからわくものも

そうしたことを
うけいれられずに

ただ、観念から
ひとや、世界を見続けるなら
どんな良いことをのたまっていても
していても
それはそうした観念や、
自分の思い込みを
愛しているんだと思う

……

ものや、ひと
向き合うって
観念と向き合うことじゃないと思う

どちらかというと
現実をまえに、自前の観念を
おいておくことなんじゃないか

現実をみて、確認したり
話してみて、把握したり

こころが
ネガティブでも
そうして、
現実と向き合うなぁ、って人は、
きちんと
目の前のことを、愛してくる
(その人が、それを
愛と思っていなくても)
2017-10-21 22:17:20
不思議レポート

きらいなもの



内心の神聖にふれれるなら
外在の神聖にもふれれるし

また、邪悪は
状況と状態により
わきたつもので
「魂にあるもの」ではない

だから
きえない
けせないものだ、と
いうことにも
ふれるよ

……

(あるんだったら
けせるんだけど
外と内の関係性で
「沸く」ものだから
最初から、
命の魂や心は
それを持って無いの
だから、生涯
沸くことを見つめ、
気をつけることはできても
消し切ることは
ありえないの)

……

「私は善人」は
わかりやすい
邪悪だよ

……

人間は
生涯、邪悪におちきることも
神聖になりきることも
ないよ

……

生きている人の
精神性の追求が
かならず、
矛盾をはらむのは

生きているかぎり、
人は、生涯、神聖善には
達し得ないからだよ

……

(だからこそ、
精神性の美学を
他人に宣うなら
その時点で
ろくでもないんだけどね)

(その知識(観念)で
他人の姿を
みている
時点で
ろくでもないのよ
精神性の美学から
はなれてんの)←(根源矛盾)

(出来てから
自分が、出来てから
身に付いてから
言葉をつかうようにすると
違う風が
でてくるけれどね)

……

ひとり

自分の内だけが
神聖かというと
そうじゃない

「内にも外にも」
神聖はあり、

神様は、
みえないだけで
現実にいるよ
2017-10-21 02:00:55
不思議レポート

たましいの声と、自己保身の言葉



愛する

まず、
他人のことを
下に分けるなら
自分を、上におけることを
欲している

思いやりは
自分は、善良なんだ、
っていう
思い込みに生きている時は
わかない

思い込めることを
欲しっている
心の裏があれば
ともらない、わいていない

……

私は善良で
ひとを、
愛しているんだって
思い込みに
生きていると

心根にある生命の愛に
触れることが
できなくなる

それはたんなる
苦痛による、
善人感への逃避にすぎない

……

たましい、

「自分に善人感がある」か
どうか、ではなくて

魂に
触れたかどうかにすぎない

……

力があるとき
「善人感への逃避」を
もとめれば
轍を踏む

魂で生きたいのなら

自分のも、ひとのも
現実をみて

そのこころの
たましいの声の
言葉をしたほうが
良い

……

自分への善人感を
たもち直す言葉とか
自己保身の言葉とか
そうしたものは
削ぎ落とす

……

言葉は、
裏側になにがあるか

何かを、その言葉で
つくりたがっているのか
欲しているのか

それとも、声か

言葉を、見極める

言の葉にかくれた
こころが
重要なものを
やどしている
2017-10-21 00:30:06
作品について

隠しこんだ優しい毛布・




コンテンツ…隠しこんだ

どんな人でも
嫌われきることも
好かれきることも
ないんだろうなと
思うんです

だから、

……

きれいなものは
たくさんあって
汚いものも
たくさんあって

思い深い人ばかりとは
かぎらないけれど
真心の誰かは必ず、
どこかにいる

それは
己の、心の中でも
現実でもかわらない

……

私は、

現実にいる

傷つける人や
敵意をもってくるひと
悪意をもってくるひとを
いない、
なんてことに
しないでほしい

そうした人が
どんな人のまわりのも
かならず、居ること

優しい人がいることと同じく
きちんと、目に入れてほしい

人間がそうしたところを、
もつことを
隠さないでほしい

人の優しさや、温かさ
世界の優しさとおなじく
厳しさ、醜さ、情けなさも

自分の情けなさも
醜さも、いびつも

悪意や
敵意が

触れたことや
もので
うまれることを

言葉や観念で
やさしげに包み隠さず

きちんと、目の前にしてほしい

……

「あなたはいい子だから」
という、押しつけの
くるしさを
世界(=自前の心理)に
しないでほしい

悪いところがあっても、
醜いところがあっても
好かれているよ

だから、怒られたり
嫌われたり、すればいい

……

祟られたって
のろわれたって
それはかわらない

それでも
ひとは
ひとりひとり
かならずどこかで好かれている

……

せかいの
こころの
はんぶんを
優しい毛布で
覆い隠して
ないことに
するような苦しみは
持たないでほしい
2017-10-20 01:22:11
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