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スピリチュアル

神と人は心でつながること、見えない神様が見えるようになること




神が具現する時代




これから、誰しも、神様やみえないものを観るようになります、

神様とかそうした方々が具現化していくためです

いままでのように、特定の「目」だけがとらえられる、ふわふわとしたもの、ではなくなり、具体の神体をおもちになってあらわれるため、誰しもが、方々を「普通の目」でみてとるようになっていきます


波動は指紋とひとしく、一人一人




誰もが見えるようになってくると、誰もが、波動を感じられるようにもなっていきます

波動は声紋や指紋とおなじく「個体」がもつ特有のものであり、

また「帯域(存在のグループ)」によっても、波動の紋様がわかれています。大天使、神様、如来、観音、天部、すべて波動はことなります

たとえばミカエルをなのる個体があって、その波動を感じ取ることによって、真実、大天使なのかどうか、そして、その上で、大天使のミカエルなのかどうか、確かめる感覚が、「人間」にはそなわってあるということです


不動明王の波動はわりと感じ取りやすい




不動明王の像をまえに「波動を感じてみよう」とすると、もしかしたら他のところより、わかりやすいかもしれません

仏像は勧請された方により様々なお顔をもたれてあります

不動明王は不動明王の波動をもっていらして、それは明王の帯域にあられ(ほかの明王とおなじ帯域)、またそのうえで、個々の不動明王尊像は波動がことなるのです

たまに、ミカエルと不動明王は一致しています……(一致=同一相としてあらわれていること)

たぶん、ご覧になられる方ならすでにご存じでしょうね

ミカエルの双子となだかい、ルシファーもまた、不動明王と一致されていることがあります

不動明王は、ルシファーと同一相をおもちの場合はシヴァよりの明王相、ミカエルの場合は釈迦よりの明王相をもたれていらっしゃいます

……

神は人とは心でつながります

不動明王とよくあられる方は、己の真の怒りとむきあわれていらっしゃる方です


2019-01-14 16:28:02
スピリチュアル

混迷の時は、人を愛する



これからどうなるのか
私はしりません
知っている方もいらっしゃいますが
そうした方は
昔では「エイヤ(預言をもつひと)」と
よばれていました

予言と、預言はことなります

神様のことばを
あずかるかた、が
預言をもつひと、でした

未来を当てる人ではありませんでした

……

混沌としたものが
下ではいりまじり

ひとつの神様により
悪意には、さよならが
あたえられていて
あたえられつづけていて

それでも、悪意のものものらの
執着はすさまじく
神から、わかれを与えられるたび
かれらは、無差別に
呪詛をはきつけている

悪意の根源的な存在は
圧倒的な孤立をかかえているため
エネルギーの交流がある場合
つまり、かれらを利用していたり
かれらとともにいたり
していた場合、
ここからさき、
圧倒的な孤立に
徐々におちていくかと思われます

……

神様とあるかたは別で
やはり人は、ひとで
ひととの縁、
一人で生きているわけではないこと
己と他者のことを
神様は理解されているから

そうした方々とともにあられる方は
そうしたエネルギーといきかいがあるので

縁に、どこかしら感謝することがあったり
また、困ったことがあっても
誰かが、かならず
ともにいるかたちに
おさまることが
多くなりそうです

……

下(共有界の下)が
混沌をきたしているので
混乱したり、喧騒があったり
するかもしれません

あるいは、ふと
己の闇にはいりこんでしまったり
人の心の闇に
まきこまれてしまったり
するかもしれません

……、愛する、は
もっとも、強くタフな状態ですから
そんなときは
愛する、を
されてください

道がひらけます

たとえ、意志や、好き好んだことでは
ないことがおきても
愛する、から、おきることは
かならず、あかるく温もる道のりになります

愛する、は
意識的な「愛しているわ」では
ありません

愛せないものを
言語思考でねじまげて
意識上では
愛していることにする、ことでは
ありません

愛する、は
命をもった
体当たりみたいなものです

意識的な
見栄みたいな、ふりまくような
「私はみんなを愛しています」は
これからさきは
しないほうがよいです

ひとは、
ほんとうは、愛していないとき
そうすることが、多い、です

愛するは、言葉ではないし
ほんとうの、愛する、は
宣伝として
つかえるものでは、ないです

……

愛する人がいるなら
幸運です
愛が心にわかるのですから

2018-12-21 12:05:01
未分類

解るとき

こののち、
「あなたが何者であるか」が
わかってくるでしょう

ひとが、では、ないです
ひとは、ひとですから
もっと、重要なことは
「あなたが」なんです

あなたの使命や
役割も
ふとしたときに
わかるかもしれません
知識や情報ではなく
経験のように
からだ(たましい)で
わかることです

それは細かい言葉になるかもしれませんが
つきつめていえば
「あなたが、あなたを生きること」になります

他の人にしはいされたり、
依存したりせずに
あなたという
ただひとつの命を
あなたが、時間ととに
生きること、が

天の役割です

誰かに伝えること、とか
なにものになること、とは
少し違うんですよね……



前も書きましたが
指導者はすでに必要性をなくしています
指導欲というものもあって
それにしがみつくかたは
これからさき
「必要性のなさ」を
目の当たりにされるかもしれません

だれかの上にたち
だれかを上まわって、しること、は
ひとは、だれも、もっていません

いえること、は
必要性が終わっていくにしたがい
力を失っていきます

あとにのこるのは
伝えられること
伝えたいこと
聞き受けること

とくに
受け取る心(器)をもつかた、
日々が自前のものではなくて
授かりであることをしっていて
その授かりに感謝を覚える方々、
また、傾聴の耳をもつかたは
これよりさきに
ふかまり、具現していく
神様たちに

重宝されるでしょう



自分の正体は
じつは、みんなもう
知っていて

たとえば
スピリチュアルや
霊能には
悪いことをする人もいるのですが

そうした方々と
そうでない方々のちがいは

悪いことをするひとは、
悪の側について
悪の側のしごとをしていることを
知ってらっしゃるんです

だまされて、知らないで
やってる方は
ひとりもおりません

もしも、自分の正体が
殻をわるように
あらわれてくるとき
疑いがわいたら
立ち戻られてください

疑い(嫌疑感)や
違和感のあることは
あなたの真実ではありません

みんな、知っていたことを
目の当たりにするだけです
2018-12-11 15:21:23
未設定

祟りやつきもの、浄化や回復の大切さ



私の経験したことにすぎませんが
祟りやつきもののなかには
その方をまもるために
生じていることもあるようです

私も、
状況が酷いとき(いまもですが)は
氏神さまが祟りをもたらされます
(首から上に流れ出ます)

すこし込み入った事情があるので
私がそれをもたらされる理由を
詳らかには語れませんが

氏神さまからの祟りは
あたたかく、また
触りがでたとしても
懸命にすごしていると
やがて抜けだすことになります

いぜん、このことについて
お話いただいたのですが
状況が悪い(色んな事情でそうなります)とき
たとえば、ほかの悪霊や
よくないものにふれたり
かかわったりするより

『厄災』を神々さまがあたえることで
厄災をコントロール下において、
それを、ひとが
乗り切る(成長する)までみまもり
ほかの厄災からよけさせる、ことが
あるのだそうです

憑依もまれにそうしたことがあるそうです

……

ここ最近
見えない界隈は
ふかい混沌にすすんでおり
敵も味方も
神も、堕落したモノも
混在して乱発して
まるで嵐の海のようです

ひとつだけいえるのは
『どこまでも自分次第』だということです
人次第でも
護ってくれるもの次第でも
ありません……

お祓い、浄化、回復(治癒)は
ワンセットであることを
いぜん、のたまいました

みな、自然に無意識に
そうしたことを
行って居るものです

いわば、傷口の
よくない汚れをとるのが
お祓い
消毒するのが
お清め(浄化)
そして傷口を癒すのが
回復となります

もしも、なにか
日々において
くるしみがありましたら
ほんのすこしだけ
このことを気にとめてみてください

三つのバランスがととのい
回転をはじめると
『あなたを支えるあなた』が
元気(元の気)に満ちはじめ
『あなた』の
生命力が佳くなっていきます

まわりごとは
あなたの回転もかかわっていますから
どうぞ、よろしかったら
周りをみて
周りをかえようとするまえに
あなたのこころや、気の「回り」を
回復してみてください
2018-12-02 12:41:15
未設定

詩や芸術



ほんらいの神のお心は
詩(うた)や
芸術にあらわれます
長い言を話してもたらすものは
神ではなくて
霊のほうに位置されます

(霊のほうの)
神とするなかには
かたりものと
にせものがあり
かたりもの、は
悪いものではありません

人と同じで
具現を、人との会話で
もたらすものも
たまにあり
それを『語るもの』といわれます

いずれにせよ
見えないもの、は
『かかわる人』により
様子をかえます

釈迦はひとにより
わかりやすく
伝え方をかえたといわれていますが

そのまんま、主とおわす神さまが
『神とのかかわり』で
あらわれること、を
人により、
その人が学びやすくなるよう
現象をかえられるのです

ですから
人にもたらされた真実『神実』は
ひとのもので
己にもたらされるものを
己の身をもって、知っていくことが
見えないこととの道のりになります

そこにあるのは知識ではありません
2018-11-26 07:46:42
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