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不思議な光の話

マンコ神様、チンコ神様



マンコとチンコの神様も
(日本特有?)いらっしゃるんですが
まんま、マンコとチンコのお姿なんですね

北斎がマンコチンコの
ひとがたを描いたのは有名ですが
なんか、北斎さんは
たぶん、視えていた方なのかもしれません

その絵は
まんま、マンコ神様、チンコ神様です

マンコとチンコを護るのですから
それはそれは、お強い神様です

日本特有なのかもしれませんが
こうした神様は
よく笑い、よく泣き、
また、よく転がられる

神様は
清らかなものを好かれますが
マンコチンコ神さまもおなじで

性を敬愛し、性を尊ぶ思いを
胸にもちながら
きちんと性に向き合い
愛されているかたは

性を護る神様、
かたちが、マンコとチンコが
護っていることもあります

(視えたら、こまりますね)

逆に、性を汚いものとか
悪いものだとか
おとしめていたり
性は軽くしていて良いものだとか
思い込んで
遊んでいたりすると

マンコチンコ神様も
そばをはなれられます

神様や聖霊さまは、まこと
清流にしかすめない
清い魚みたいですね

……

もしも
みえないものが
見える、感じる方で
マンコ、チンコを
そばに感じたら
もしかしたら、それは
マンコチンコ神様かもしれませんね

……

マンコチンコ神様が
おそばにいられると
それはそれは素晴らしい恋(ハアト)が
あるそうです

まこと、見えないことを含めたら
真心が、あるかないかで
運気は変わるものですね
2018-01-29 20:05:13
ヒーリングと徒然

寒い冬の雑談



▲「受取る」で流れ込みます
ライブなのですこし長目です

……

雑感と云うことで……

んー寒いですね
最近ね

でも空気中に
自然の息吹から
治癒と浄化のちからが
綺麗に、ふかく、ながれてる

美しい寒さです……

木々や、自然って
たくさんの恩恵をくださるんですよ

草花、空、すべての自然は
愛してくれる人には
きちんとこたえて
愛してくれるんです

神様もそんなふうですね……

あなたから、
愛してますかー、みたいなね

幸福って、とても単純なんだと思うんです

愛しいとか、そんな気持ちが
しょっちゅう、
湧き上がるなら
満ち足り、かけることもない

愛している、が
幸福の源なんだと思うんです

生命力……生命の源は
たぶん、愛している、
なんだと思う

愛している、から
生きているのかもしれません

みずからの、こころから
周りに、愛が、芽生えはじめたら
たぶん、それが
幸福なんでしょうね

良い冬ですね
体と時を大事にして、
過ごしていきたいですね
2018-01-29 19:07:22
不思議な光の話

如来、観音、天部と、神社の神様の違い



※このブログにかぎらず
私が、お話することは
書物で読んだこと、
他人から教えられたこと、ではなく
経験したことから
書いております

見えない世界は、
頭にあるのではなくて
見えないだけの現実です、が

経験はひとによります

もし、ご興味がうまれたら
鵜呑みというコピペをせず
ご自分で神社やお寺に散歩されたり
調べたりされてみてください

きっと面白いと思います

(散歩しつづけると
かんじる(うけとれる)ことが
変わってきたりもします)

……☆*・……

とても高いところに
天界があります

そこに比べると
ここは海の底のようなところです

天界は、そうしたら
陸地のようなものですね

そこからは
私たちは海の水越しに見える

如来さまは
来た如く、と書きます
「実際には来ていない」ものです

かれらは
天の陸地にありながら
現世の海の底をみつめ
ひとを救うために
陸地にある力や知恵を
この世界に
できるかぎり合うように
降ろされる

実態が天界にあられる方々です

……

仏像に神様をおろし
開眼をする作法があるのですが
如来さまは上に記したとおり
実態を天界にゆだね
力(知恵)をこの地に
投影降ろしされる方なので

後述します、観音様、天部の方々とは
開眼の前の、おろし方がことなります

それで、如来さまを開眼できる方は
今はもうだいぶ少ないそうです

……

観音様、は
天の方々が
地の(海底の)人達を
導き、救うために
実態をもって降りられた方々です

地の(海底の)生活に対応するため
エネルギー体を
かなり制限されています

実態にちかいもの、が
この地にあられる方々です

……

天部は、
私が見受けたところでは
この地にもともと息づいていた
(いわば、海底に生きていらした)
神々です

実態が、もともとこの地で育たれ
この地を整えていらした方々ではないかと
見受けられます

異形の方が多いのですが
地の神様とは
そうしたものなのかなぁと思います

……☆*・……

お寺の神様は、わかりやすいのですが

神社の神様は、
すこし難解なところがあり
たぶんですが、
日本特有の神様なのかもしれません

和装をした翁の姿が多く
姫神、男神がいらっしゃいます

お面を被られていることも多く
現れに四つの面相(和魂、荒魂など)が
やどられている

四つの面相があるのは
もしかしたら
日本の神様の特性かもしれません

日本で成長された方は、自然に
「和み魂」とおなじく
ほかの面相、
驚くことに「荒み魂」にも
なれ親しまれています

(神様の荒ぶられる気質を
他国の神様となれしたしんだ方々より、
受け入れやすいらしいです)

……☆*・……

余談ですが……

「神様が怒ること」を
魂が知っているかどうか、は
日本で住んでいくなら
今後はわりとキィポイントになるかな、と
思います……

神様が濃くなられていくので……

神様の怒りは、
人間の怒りとは異なります
静かな愛にあられます、が

怒らない、というのは
日本の神様にはありません……

(日本の、喜怒哀楽のはっきりした
力強いオジサンと
似ているかもしれません

怖いものは
「地震、雷、火事、親父」の順と(笑)
いわれますが

日本の神様は
怒るときには怒る
キチンとしたお父さんのようです)

(そこに理不尽さはないです)

(怒られると少し、涙がでます
変な話ですが
ありがたい、嬉しい気持ちにもなります……)

……

「怒らない」でも「下の人は祟る」は
お寺の神様ですね……

如来さまは、めったに怒らないので

(そのかわり、
悪行悪癖がなおらないかたは
見放されたりされます

天部に委ねる形ですね……

詳しくは書きませんが
それもその人にとって
最善の学びだからでしょうね)

……

父母を思い浮かべてみると
わかるかと思いますが

なにをしても怒らない
許し続けてくれるモノが
よいモノ、というのは
嘘ですから、
気をつけたほうが良いかと思われます

愛にあるかたは
わりと厳しいですよ

(魂は不滅でありますから

不滅なあなた、を、あなた、が
良くしながら、
生きていかなきゃならないので……

まわりとの関係の築き、とか
環境のととのえ、とか
自分と周りのしあわせ、とか

不滅な魂が、
自分のちから
自分の知恵で
やられるようにならきゃ
ならんのですよ

自立ですね……)

……☆*・……

お寺の神様は
釈迦さまの国から
渡ってこられた方々です

日本の神様は
日本にいきづき
日本の人らとともに
神ごとをされてきた方々です

上の上に神様のすまうところがあり
そこからすると
現世は海底、
天は陸地のようなものです

神様は、現世という海底に
その陸地のおすまいから
力をながして現される

ところにより
この流し方、流れ方がことなります

「神がどのように現れているか」の流れ

高い高い山から
流れ落ちる水
点在する「岩」により
流れ道がかわりますが

投射の如来、
実態の観音、元来の天部というながれと

日本とともにあった神社の神様のながれは
まったく異なります

(限らず、神様は、すべて
育たれたところにより
流れ込み方が
かわるのでしょうね)

……

神々は
天の地という平和にありながら
深海にちかい、苦しい現世を
ともに生き
幸せに、ともに進まれることを
胸に灯してくださった方々です

そうしたお気持ちをわかると
自分たちが愛されていることや
ただ甘えさせてくれる方々ではないことも
わかる気がします

いのちの道のり……、よりよく
歩いていきたいですね
2018-01-28 09:47:09
不思議レポート

神様に嫌われる人



あまり
好かれようとか
嫌われようとか(?)
しなくて良いとは思いますが

こうした視点では
記事が少ないようなので
一つ書いてみたいと思います

(私が詣でた神社やお寺の
その場で、見てきたことの
「傾向」みたいなもんです
すべての神様の
絶対ではないと思います)

……☆*・……

★木に抱きつく

木々や草花、神社にいる生き物は
神様とともに生きる、
循環生脈にあられるのですね

それで「エネルギーもらおう」とかで
神社の木々に抱きつく方には
苦虫を噛み潰したような顔をされる
神様が多いです

神社の木々は
神様のおとものような方々が多いらしく
「自分のお供」が
距離感なく、無礼に
エネルギー乞食みたいな心持ちで
むさぼられんのが
気色悪いらしいです……

「許可があるひと」が
たまにいるので……そうしたかたは別です

(きちんと、木々から呼ばれます、
たいてい
普段から木々と
(言葉でなく)
話されたりしていますね)

木々にかぎらず
神社にいる生き物、動植物に
無遠慮な方は倦厭されやすいです

……

★無礼、無遠慮、無作法

これは気にされる神様と
気にされない神様がいらっしゃいますが
神様は
人間の人生をこえて
時をすまい
また、人知をこえて
叡智をもたれている方々です

失敬なたいど、距離感のない言動

(たまにいますね、
自分は、
こう、神様に贔屓にされてんのよ、とか
私はスピだから、霊能力あるから
みたいな、気持ちでいる方は
これを踏みやすいです)

他人相手にも無礼、無遠慮、無作法な方
距離感のない方は
嫌われやすいものですし
誰かの威をかりて
己が大きくなったように思う方も
嫌われやすい

神さまも、こうしたことを
わりと倦厭されます

……

★「私はわかってる」みたいな態度
★「神様なんだから、人になにかしてあげて当たり前、私からつたえてあげる、与えてあげるから頂戴」みたいな態度
★「私がこの場を清めてあげる」みたいな態度

たいてい、無視されてますね

こうした態度をされる方々は、
満たされない欲や、
心に穴があったりするので

ケガレみたいのが
カモネギとばかりに
代わりに対応したりします
要注意ですね

とにかく「特別意識」や
「固定概念」は
厄介事になりやすいですね

……

★「スピリチュアル狂い」
★「霊能者気取り」

すいませんが
嫌われてます、
ご自分をよく見直してみてください

仔細は書きません、
ご自前で、わからなきゃならないことです

ご理解ください

……☆*・……

他人から見て
「異様」と思われる方は
神々天界からみても
異様なんです

他人からみて
「嫌だな」と思う方もそうです

信頼できない人は
神々天界からも
信頼できないんですよ

そうした方々に、神々天界は
力も、情報も、与えてないです
(たいてい、お仕事
無免ですね……)

(※……「信頼できない嫌な人」が、
他人を嫌う場合は
「人間の忌避感」ではなくて
悪意なので、
このタトエには
はいりません)

……

逆に「真面目に過ごしている人」
「普通に過ごしている人」は
好かれやすいです

……

「神様だからーーで当たり前」とか
「神様だからーーしてくれる」というのは
現実をみないような
固定概念ですから
捨てたほうが良いのかもしれません

他人に対して
「ーーしてくれて当たり前」とか
「ーーみたいな人」とか
決めつけられたら、
わりと不快な方は多いと思うのですが

神様も同じです

「されたら嫌なこと」は
誰に対しても、
気をつけて控えていき

「概念で決めつけず」
現実を見よう、理解しよう、とすると
わりと、ものごとは
明るくなっていく

さまざまな精神論より

ささやかな気配り、
心配りをするほうが
周りとの関係性も、運気も
整います

……

これから、神様は
ますます濃く、深くなられていきます

いまいちど己の姿を見直して
衿を正して
進んでいきたいですね
2018-01-27 18:53:56
不思議レポート

神と憑き物のちがい



神様と憑き物は全く違うものであり
違う様子になります

かみさまは、
傍らにともにいるものですから
彼らを信じるも
信じないも、人の自由意思になります

(ちょうど、そばにいる方と
友達になるか、ならないか、の
ようなことでしょうか
信頼は、友情とおなじく
自然にうまれるものです

人と人との間が信頼なら
神と人との間の
自然な敬意が、
信仰と呼ばれるのでしょうね)

……

ツキモノ、は
能力でも状況でも
ついて、付与したり、
具現したりするので

ツキモノのちからをかりたり
またツキモノの守護をうけたりするときは
憑かれないとなりせん

憑かれるための精神があり
それを培わせるツキモノもあります

そうした培いは
(本来の信仰とは
似て非なるものですが)
はたからみたら
信仰の様になることがあります

この様は集団をつくりたがり
いわゆる、
群れの様をもつことがおおく
またツキモノにより
上下の関係があったり
縄張り意識があったりします

ただ、言われているような
上下関係=いやなもの、ではなくて
良いツキモノの場合
上下関係は「下のものを守るために」
発生するものです

「上のもの」のほうが
能力がたかく、先見もあるので
そうしたことのない「下のもの」に
上下関係をしいておくことで
いざというとき、
群れを守ることができるんですね……

群れ、上下関係、縄張り意識
こうしたことは
ツキモノ特有のものです

ツキモノの影響が濃いかたは
こうしたことに敏感です

誰かが
上に見えたり、下に見えたり
縄張りをふんでみえたりすると
急に騒ぎ出す傾向もあります

危機意識が
ツキモノと連動するんでしょうね

……

神様には
神懸り、のものがありますが
憑き物とはすこしことなります

エネルギーの影響は
つく(憑き物)
被る(波動などから影響をうける)
おろす(自体の場を合わせることにより、エネルギーをそこにおろす)
などなどがありますが
神懸は、そうしたどれとも似ていません

被る、と少し似ていますが
(祟り神の気は
被るかたちで影響を受けます)
懸り、は
己の心を下にし(神の盤座にする)
からだをカカリにし
神に座ってもらう、ようなことです

意識はほぼ「無我の安寧」にちかくなり
(瞑想の状態とは少し異なります)
呼吸は神の呼吸となり
チャクラで呼吸する
(魂で呼吸する)ことになります

審神者と呼ばれるものがいなければ
そうとう危ないことです

また
神懸のばあい
人の意思はいれてはなりません

神より低い意識は、
そうしたときに
邪魔となり、
さわりになったりしますから

盤座となるものの魂は
神がそこに座っている間は
ほかのところで
眠ていることが多いです

神のままにおこなわれ
審神者がはなすか、
神がはなれるのを待つようになります

……

神への信仰は
人と人との信頼とおなじもので
自然な敬意の発生です

ひととひとの流れには
年月をかけて信頼関係がうまれる、
これとおなじように
信仰には
信頼関係のようなものが
うまれるときがあります

(私はこれが
本来の神さまと人との
まことの関係性に思えます)

人知をこえて巨大なる方々への
敬意のある親しみとともに
そうしたことは、築かれる

ひとが、良い人を信頼していくように
神様もまた、人を見ています
(こよなく心良く)信仰深い人を
信頼されるのです……

信仰と、神様からの信頼をもって
深い信仰関係が
灯火になっていることもあり

(そうしたことは
充ちたりにあり
なんの欠けもなく、ゆがんでもいません
ですから、周りから見て
異様として
現れることはありません)

その灯火は
極自然に周りを温めるので、
周りの方も、そうした
神との関係を持つ方には
自然に、信頼をおかれるそうです

……

誰でも詣でられ
また教えをもらえる神社

「信仰の自由」がそこにはあります

本来の神と人との関係は
まさに、お寺や神社と人との関係のようです

人が、詣でたければ詣でて
その神気に、ありがたく触れて帰る

(なんにもなくても
神気に触れさせていただけるだけで
ありがたいもんです……)

ささやかで、自然な自由さ、
開放されていて
ただ、敬意をもたれている
そんな様子です

……

信頼ができるなぁ、って
人を思い浮かべてみると
信頼って、ものが
見えるかもしれません

神様って、そんな風合いの方々
個性豊かで、深みやいろどり
思いやりや、愛のある方々です

信頼を、大切にしていきたいですね
2018-01-25 13:13:29
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