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宗教やスピリチュアルの「団体」は必要か否か



正直に言うと
必要なことは
必要な時
そのひとに訪れるので
いわば「指導者」的な人も
「団体」的なことも
無意味であり、無価値です

「もんとう」
あるいは「あらわれること」は
つねに「個人個人のもの」であり
「誰かのもの」ではなくて
「あなたのもの」ですから

「人が解決できる」というのは幻想です

……

「必要がある」場合は
カルマ清算や
なにがしかの「成長のための経験」にすぎません

「答えを教えてもらうため」はありません

……

元来のスピリチュアルは
天界では「イエスさま」がひらかれました

それは「無償でだれもが触れられる魂の英知」であり
「誰もが受け取れる愛のエネルギー」でありますから

「金銭がからむ」場合は
ビジネスであり、スピリチュアルではありません

本来の「スピリチュアル」が
「インターネット」等を利用して
「必要な人にとどく」「無償の魂の知」
あるいは「無償のエネルギー(健やかさ)」を
目指して建設されたものだからです

(ビジネスであっても
魂や、穢れなど、みえないことにたいして
己の尽力を持ち、真っ当な仕事をされている方は
偽物だの詐欺だのではありません、
ただ「本来のスピリチュアルなこと」というのは
「無償」あるいは
「それを目的としていないこと」でしか
ありえないだけです)

……

「指導者」……

いわば「宗教的、思想的な指導者」を
天界は否定しています

思想や「神とのかかわり方」は
人がもたらすものではなくて
あなたが、あなたの人生で育てるものです

そのうち、たくさん、あらわれてくるので
一見は百聞にかないませんから
分かると思いますが

天界から配置されたものは「指導者」ではなくて
「あたえるもの」にすぎません
2018-06-13 12:53:06
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別物である「心」「魂」「気」



「心」は「真・神」につうじ
良心とともにいきることは
善心とともに生きること
神を友とし
ともに歩むこと

……

内包

体のなかはミルフィーユのように
さまざまがおりなしており
最後の核に「あなたの心(真)」があります

そこから「魂」というものがあり
(これは肉体に近い霊体と
真に近いものでわかれます)
そこから「気」がはっせられ
ようやく肉体にリンクしていきます

肉体は「頭」をもち
「外界」をもちますから
その「瀬戸際」
肉体の中と外の境目で
さまざまな具象がめぐります

それを「思考」とする方もいます

……

「そと」にあらわれる「気」は
たいていはその境目であらわれた「気」です
しかし内側の「気」は
「境目でおこること」ではありませんから
もっと、別にわいていたりします

それを「本心」と誤解することもありますが
本心は、魂の奥の「核」をなしているので
たいていは、きちんと
「魂の奥」まで感じないと
みえない、わからないものです
2018-06-13 12:40:58
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夏だから



夏になってきて
春と夏は
そういうものなのか
すこし、気が散じやすい

精神的な世界に
はいりこんでしまう風も
ながれている

見えないところ、
カクリヨが
あらわになりつづけるなかで
カクリヨでおきている
なんとかしなければならないこと、が
あきらかになるなかで

カクリヨとつながる
精神世界に
のめるこむ風……

[それはそれとして]

夏……ナスとか
はちみつ、レモン
金柑、身体の栄養を
ちゃんととって
水だけじゃなくて
でてしまう塩分も
気をつけてとって

身体を、
メンテナンスしていこう

この夏は
カクリヨでおきることの
はげしさと
それに無我夢中
必死になる風が
あるから

バテが少しきつそう

それはそれとして、
栄養をとって
身体を毎日ととのえていこう
2018-06-09 18:54:08
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本心と思い込んでいるもの



本心と思い込んでいるものは
たいていは「状況的な感情」にすぎない



「あるがままで生きるの」とか
「本音を大事にしたい」とか

……たまにそんなことがはやるけれど

「状況的な感情」と
「ほんとうのところ」の区分けをしないと
自分も周りもめちゃめちゃになると思う

本当のところは
まったく別の「こころ」を
もっていたりするから



「本当の気持ち」のほうに
逃げ込んでいることが
よくある

「本当の気持ち」は
「本当の本心」とは別



「本音で生きる」なら
「本音」をたどらないと
めちゃくちゃになりやすい

生き方にゆがみもでやすい

「ほんとの心からの逃げたさ」や
「本心を見えなくする隠れ場」を
わりと人はもっているから

そして「本心」とちがい
「本当の気持ち」はわかりやすい

「気持ちで生きる」ことは容易い

それを「本心」と誤認することが
けっこうある



そうなるぐらいだったら
「本心本音はひとまず気にせず生きる」ほうが
まだましなんじゃないかと思う



「本当の気持ち」は言語でたどれるが
たぶん、本心も本音も
言語ではたどれない
2018-06-07 10:18:12
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阿修羅のすむ心、不動明王のおわす心



阿修羅のいる心

阿修羅のともる心は
常に争いをもとめ
また、つねに敵を見いだします

[これでよいんだ]と
おもうことが
その道の、身外しを
さまたげます

どのようなことでも
やはり
人心正神にない道のりは
[これでよいんだ]のうらに
どこかしらかの[違和感]が
うづくものですから

これでよいんだ、
これでよいんだ、と
ほんとうに、こころから
それでよいときには
そんな覆い隠しの弁論意識は
じつのところ、
うきでません

無理やり納得する
思い込みを
つくりあげるのが
人のアタマでありますが

心のなかの、ほんとうのところは
己の心には
かくしようがなく

たましいは、
知っているものです……

……

しかしながら
阿修羅も
ほかの、まものも
無理やり
おためごかしの愛だの
やさしさだのでは

しずまるものではありません

ただひとつだけできるならば

[これでよいんだ]のうらにある
[これは違う……]という真心の
声をききつづける……

[違う]のさきの
[あっちがほんとう]というところを
真心は知っているものですから

道は、
あゆんだぶんだけ
戻らねばなりませんから
地道な、とても地道な
しかしながら
懸命な尽力となりますが

真心の
[あっちがほんとう]というところを
目指す

……

阿修羅のいかりと
不動明王のいかりを
誤認してはなりません

ひとのほんらいのもつ怒りは
不動明王や、
天来の怒りでしかありません

それは敵ではないし
悪でもない、
ただ、善心に不動なのです

……

しかしながら
こころに、すんでしまったものが
阿修羅であるなら
まだましなものであります
2018-06-03 12:01:35
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