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不思議レポート

無意識下のラグナロクからの影響



ラグナロクは人間の戦争とは
まったく趣が違います

つまり天使格好いい
戦う神様マジリスペクト

そんで
見えない無意識下では
マジ興奮していたりするわけで

その興奮から
普段の「正気の自分」とは
ずれた好みを(現実で)発することがあります



終焉にむかっているらしいです
(ただ、第二段階目がはじまるらしいのですが)

急に「正気の自分」がもどってきても
今までの自分を
否定しないでほしいな、と
私は思うのです

まして
いままでいた世界とかを
否定しないでほしいな、とも
思います

たんなる超絶格好いいものを
無意識で認識して
興奮していたようなことだと思うのです

ファンってやつですね

(天使は、元祖アイドルですから)



たとえ、神秘の気持ちがなくなっても
焦燥ににた、そうしたことへの
憧れが消え失せても
学んだことは消えないし
自分というものも
変わりません

今までの自分が
自分ではなかった、って
わけでもないんだと
思うんです



しかし、そんな最中に
どんどん神は濃くなられるので……
「あんなに探して
追い求めていた時は出会えなかったのに」
こんにちは、みたいなことが
あるんだろうなぁ

そしてその時は
興奮がおちついて
正気な人が多いだろうから
今みたいにはならないんだろうなぁ、とか
思うので

ちょっと面白いな、と思います
2018-05-06 14:13:01
不思議レポート

かみあがりしたものたち



そういや、原始人の幽霊とか
みたことないとか
あるかもしれませんが
神あがりしたもの、
(=霊視ではみえない)には
原始時代をすごされて
その日から
神につかえ、続けてこられた方々、は
いらっしゃいますね

(神社では、
おおきな神様のもとに
結構つかえていらっしゃる)

恐竜とかも結構いらっしゃいます

神様は、
霊視ではみえないのです
たいていは
霊体がないから

原始とか、古代を生きられ
神あがりし、
地を護られている
そうした方々様も
もちろん
霊はありません

ですから
みえません
おすがた。

霊視などで
見えた(つかめた)としても
発光体でしょうか

エネルギーだけを
感じる?感覚でふれられると
そうなるんじゃないかなと
思います

霊って肉体ににて
物質次元にちかいので
のこっても
数世紀すると
すり減ってなくなるそうです

……

さいきん、守護霊がいない
(霊視でみえない)かたが
いらしたりするらしいのです

あるいは、方々の背後を
霊視してみても
守護霊っぽいものが
すくないとか

もしかしたら
もうあがられている方々
霊体はなくて
神命がある方々に
護られているのかも知れません

まぁ、いるんですが
ひとりひとり
確実に

(年の守護神や氏神さまは
確実に、ゆかりのある命を
見守られています)
2018-05-05 16:04:34
不思議レポート

離れていく世界(識が違う話に惑わないこと、と、自分の感覚を指針にすること)



世界

だいぶ離れてくると
すべての「識」が
「ここ」と「あちら」では
まったく異なるから
まったく異なることを
宣うようになる……

近い時は
互いに、似ているようなこと
(しかしよく見るとぜんぜん違うこと)が
いきかうんだけど……

「常識」でも「モラル」「善悪感」でも
なんでもいいんだけど
これから先に向かう「世界」に
まずは、その世界の
「雰囲気や、軽めの識」を浴びて
なじんでいくのが
旅支度なので……

今時分は
異なる方向なら
「異なること」が
ことさら、濃くなるかもしれない

(旅支度、体慣らし
ひとりひとりの、これから先の世界を
だれもが、かるめに浴びてる感じ)


「行く世界」によって
そうしたものは
すべて違うから

どんなに確かに思えても
どんなに真実や、「識」に思えても
自分と違う(違和感があるとか……、
なにか違うことを感じるとか……)なら
先が違うから
ひとのものには
すがらない、惑わないことが
かなめになるかな、と思う

「自分の感覚」というのも
伝えづらいものだけど
今述べるは「心の感覚」のことで
これは研ぎ澄まされた時にしか触れられない

それは「散漫な無我」ではなくて
「集中した無心」のときに現れる

こちらに残る方ならできると思う
(できなくても出来るようになってくる
心のちからがひらいてくるので)

自分の「こころ」だけが
自分の行き場(生き場)を知っているので
前からだったけれど
なおのこと
雑多なことにとらわれず
「自分の心」に問い
自分の心の感覚を
指針(従うとか、すがるとかではなくて
コンパスのように、指針にする)のが
必要かと思う



見えない世界は
霧が深くなっている
見えない世界は
ひとたち、いのちたちの
さまざまな感覚にリンクしている

それだので「困惑、迷い、錯乱」が
多くなるような気がする

コーヒーでいうなら、雑味ってやつだ……

「心は知っている」

かならず、知っているから
うわべにせりあがるものではなくて
心という足をつけて
歩んでみるとよいと思う
2018-05-02 11:07:50
不思議レポート

語りつがれてきたもの



真理は、
海の波のような
時代の流れにあっても
消え果てるものではないから

ことわざとか
うたとか
語り継がれています

それは「なんかそうだと思う」みたいな
人の心の受け皿が
語り継いできています

……

いま、ぽっと出の真理めかしたことは
とても多いですが

いつの時代も
そんな軽さをもつ「シンリ」は
どこかで、ぽっと、出てきていたりします

そうして、すたれたり
時代、時という波にのまれていったり

結局、語り継ぐ受け皿がないまま
終わりをむかえる
そんな姿を繰り返されている

受けない時、
受け入れてもらえないとき
マイナーな分野にしか
場がひらけなかったとき

なぜ、そうした風に
受け入れられないのか、には、
興味深いものが隠されています

わかってくれるひとなら
(=わかる人だけが)
わかってくれる、は
ないです

真理なら

……

漫然と、
すべての命が
自然に納得し
誰にとっても
どんな時でも
かわらずに
そこにあり、
つかわれて
かたりつづけられていくもの

……

真理は、ひとにより
場により
時によりかわるものではないから
誰の心にも「なんかそうだ」と
ふにおちて
だから、長い年月
すたれずに
語り継がれてきています

……

誰にでも触れれるように
どこででも思い出せるように

……

ことわざを
よく読むと面白いですね

語り継がれてきたもの、は
真理の姿の鋭利なところを
人に寄り添うように
わかりやすく丸みを帯びている
2018-04-30 09:47:29


この間、
そういや、価値より
尊厳なんだよなぁ、と
思いまして

価値というのは
「人の価値」とか
「見えないものの価値」とかですね

尊厳っていうのは
「その人の尊厳」ですね
たとえば見えないものでもね

……

世の中は、ずっと
誰がなにをどう宣っても
どう、エゴイストに生きようとも
「尊厳」が大切にされています

「あなたがいる価値」ではなくて
「あなたの尊厳」のほう……

いろんなことの根底に守られているのが
それなんですよ

「見えないもの」であっても……

……

しかし、正直に伝えますと
「利用価値」は
その、世界が根底にしている「尊厳」とは
真逆にいくなぁ、と思います……

「自分」にとって「都合のよい」
「利用できる力」が
ない方も多いですよ、見えないもの。


「どんなことをしてくれるか」ではなくて
世界が守っているのは
「ひとりひとりの尊厳だ」ということを
忘れないといいですね
2018-04-29 15:50:55
不思議レポート

不動明王の怒り



不動明王の怒りは
「あれは私だ、至らぬ私だ」というところに
あるといわれます
私はそんなん、いまだに、できませんが…

「あれは私だ」というのは

「ざまぁみろ、当然の報いだ」というのとは
真逆の怒りです
「罰」……「仕打ち」ではないんですよね

……

不動明王にとって
人間は「子供」のようなものですから
「罰する」ではなくて
「過ちを止めさせる」

ところで
「理解」がなければ
こちらのことも理解してくれません

「罰する」というのは
押しつけのような形になりますが
理解したうえで
過ちを伝えたとき
善心なる命なれば
真意、伝わります


……

たぶん、不動明王とリンクのある方は
怒っても「ざまぁみろ」など
望めないでしょうね

そこにあるのは
「私でもある」というのが
とても奥の、奥に
あるのかもしれません

「私でもある」というのは
「仲間でもある」ということです

……

「理解」というのはすごいなぁ、と思います
理解だけが人の心を動かせる
「私だ」という不動明王の怒りは
理解の神髄なのでしょう
2018-04-29 15:43:54


「傍らに居る、貴方を思う、見えないもの」に対しても
「大切にできているか」は
とても重要なことで……

「そのもの」が
「なんであるか」よりも
重要なことです
2018-04-29 15:36:12
不思議レポート

お金について、ニ



弁天様の海は、
とてもわかりやすくて
人(命が)を幸せにすると
報いが来るよ、というにすぎない
シンプルだ

これから
幸福や、満ちたりを
なせたかどうかで
モノの様もかわるのかもね

いまは
わきたつ欲をみて
それに油揚げをさげると
儲かるところがあるんだけど……

……

そういえば
優しさもそうだなぁ、おもう
真理や正しさも

「他人(他の命)を
幸福(お腹いっぱいで幸せみたいな)にできたか」は
とても大切なところで

優しくみえたか、とか
優しく(正しく、真理に)思えた、とか
そんなことじゃない

……

幸福も
愛も
とてもシンプルで
風のようだし
生活とおなじだ

なんだか凄いものではないし
あこがれとか、ほしいとか
それほど強く刺激するものでもない

隣にいる人と
たのしかったり
わらったり
喧嘩しても仲直りしたり
分かり合えた時のような、
そんなことだ
2018-04-29 11:50:16
不思議レポート

お金について



お金は、才(=あなた)のちからを
世界にあたえた、報い(報酬)として
与えられています

才は、あなたです

能力というより
あなたが存在していること、の
命の力のようなものです

不思議な流れをもつものなので……

他人がどう思おうと
(あなたがどう思おうと)
つねに、
あなたが満ちる量、幸福である量、
あなたに流れ込んでいます

……

才をひとりのもの、と
とらえると
あやまちます

才は
花のひらきに似ていますから
まわりにもたらすものです

才も、財も
不思議なもので

あなたでありながら
それは世界のものです

……

金銭は海のようなものであり
魚(ひとや命)を育ませ
流れゆきます

……

そうしたことは
自分のもの、というより
星空のようなものですから

貢献があるなら
きちんと帰るものがあります

……

弁財天(正神)の金海は
「幸福」とともにあります
金が身の程を越すこと、は
ありません

……

うみ、は
必要な量、水をあたえます
のませすぎることはありません

しかし、海が枯れることもありません

……

弁財天の海は
学び、幸福、人との縁のほうが
まさります

また、アナタノモノ、アナタノ名誉、
アナタノ仕事、というより
周りのためになったこと
周りが幸福になったこと、に
報いがあらわれる

……


金銭(お札や小銭)は
その海のあらわれにすぎません

重要なのは
海、つまり
すべての命が集う
育みの海に居て、海とともに
生きていること……です

……

(金の海は
海の一つです

他にも海があります)

……

思いやり、あるいは
親愛は、
海とともにあることと……
2018-04-29 11:05:46
不思議レポート

コンピューターマモノ……



能力者であり
パソコンにも精通している
いわばスーパーハッカーさん達が
見えないカクリヨで
ずっと動かれていて

悪魔とその信者が
つかっている「コンピューターみたいなもの」を
ぶち壊していっていて……

そのうち
「それを受信して
活動していた方々」は
壊れたことになるのかなぁ、と
思っている



彼らの脳みそが見せる世界は
まさに「映画・マトリックス」みたいなのかな
と、思う



それからの「情報」や「使えるもの」を
受信している方々は「ネットに広まったこと」を
コピペしたように「つくりかえて、宣う」ので……
仕組みがわかっていると
わかりやすく判別できる

「パクリ」じゃないんだよね、あれね……
(たぶん、良質なBLOGは、読んでないしね……)



構文解析とかあってさ
「好感度の高い単語(文章)」とか
だしてるわけ

「その時に好感度の高いもの」を選んで
配布してんのよ……信者(脳改造済み)に




とんでもない話だけれど
……信じてほしいとかじゃないから
娯楽と思ってとらえておいてください

(私が「おかしく」見えても、思えても
こころの「娯楽」にあっていたら
どうぞ、楽しまれてほしいです)

(まぁ、でも、
そのうち、現実
分かってくると思う……なんらかの形で)

(いまは、むしろ真に受けられるより
そんな世界もあるんだみたいな、
「娯楽」として
うけとってくださると
私は嬉しいです)
2018-04-28 14:04:12


憎悪すると堕ちるというのはほんとうで
堕天使は「天使が憎悪や恨みに堕ちたもの」

……ルシフェルとともに
堕ちた天使たちもまた
憎悪、恨みで
うなっていた

「恨み」がなんであるのかは
そのうち、解き明かされるのかもしれない

この世に現れる
「ひとのこころ」で
無意味なものは一つもない
2018-04-28 11:22:16
不思議レポート

欲を叶えるものと、思いに力添える神



欲を叶えるものが
まえまえから、
神のフリをして
たくさん行き交っていたのですが

神様はきほん
思い、こころ(真心)に
力添えをされる方々で

欲を叶える、と
心を力添える、は
結果は似ているのですが
なかみが違うものです……

……

神様が欲をかなえないのは
我欲(エゴ)は
その人ではないからです

……

まえまえから
欲を叶えるものと
ともにいらっしゃる方々が
金銭欲をむきだしにしながら
なぜか、正神の弁財天に
喧嘩を売るような真似ばかりされるので
めちゃくちゃ疑問です……

あちらがわにも
弁財天をなのるものが
おられるようなので
そのせいかもしれませんね

(それらは、いつでも
正神の座を
のっとりたがっているので
正神を弱らせようとするんですよ)

……

あちらがわの方々は
あちらがわのお望みのとおり
欲を叶えるものとともに
次元解離していきますし
もう、こちらからみると
だいぶ離れているので
とくになにか言う必要はない気がしますが

とりあえず

「それが望みだった」ことは
(とくに能力のある方々は)
わかっていらっしゃると
よいかもしれません

望みの世界にいくので

(能力者は行き方が極端です)
2018-04-27 18:57:05
不思議レポート

しらないこと



しらないことは
不思議に思える

そこに悪意をおぼえるか
善心をおぼえるか

たんなるシステ厶チックなものだったりする

見えないもの、は
みえないだけの現実で
知ろうと思うなら、
きちんと、現実を見る目で
知ろうとすることができる

あてはめようとするなら
自我の霧の中にむかう

ここにいると
常々おもう

知ろうとする人
わかろうとする人は
他人をまえに、
理解しようとする人と
おなじ……

思いやりのあるひとは
なぜだろう
知ろう(わかろう)とする……

無知の知、と
ソクラテスはいった
釈迦は心で動いていた
汝の隣人への愛をもちなさいと
イエス・キリストはつたえた

……

なぜだろう
思いやりのないものは
おしつける
理解しようとするのではなく

自我の霧を押し付けようとする

自我の霧を撒き散らしながら
霧の深みにはいっていく

しまいには
根っこが、心になくなり
我欲ばかりに
なってしまうようだ

はまっていくから
かわっていくのか……

最初の分かれ道では
そんなに
違いはなかったのかな、と思う……

……

自我の保身をするものと

思いやりに道のりを歩む方々の
差異は
ここからさきかな、
はっきりしてくるなぁと思う

道のりよりも
それは心の、角度なのかもしれない
起点は似ていても
ことなる角度にすすむほど
様がかわり、別ものとかしていく

(いまは濁ダクだ)

……

理解のある人は
わかろうとする人で……
わかろうとする人は
弁えがある
自然にともるのか

それが距離感というのかもしれない

システマチックなものにすぎないものは
「みえないだけ」の
現実にも
ころころころがっている

知ろうとする(わかろうとする)、は
世界への、ちいさな人間のもちうる
最大の思いやりなんだろう

それは、明につながるな、と思う
2018-04-27 09:53:56
不思議レポート

神の姿と見えるもの



神の姿は人にちかいのですが
とあることをしないと
「みる」ようなことは
できません(霊視ではできません)

霊体をお持ちの神もいらっしゃる
霊視で見える方は
そのようなかたです

霊体は、われら命の、
第二のからだのようなもので
霊魂の次元があります

これはしかし神の次元(界)ではなくて
肉体の少し隣にあるところのようです

……

この世にあらわれてくださってる
神々は、ふつうの人の目には
見えないもの、ではなくて
霊魂とことなり
誰の目にも、見えます

神々が見せようと思われたら
見識されます

しかしそれはたいていは
無心のところにありますから
意識がうごいている今昨今では
そうしたときのことは無意識のうちに
はいってしまいます

……

ただ、心の世界にあります
神々にも
「霊魂」の次元にちかいものを
おもちで

それは「神社仏閣」で
神の気配のようなものです
光にみえるかたも
気高き香りに思われる方も
いらっしゃるでしょうね

……神がいらしたとき
神社仏閣が、ふと、思い浮かぶことが
あるかもしれません

……

神は……来られます
いつも、誰の傍らにも
あゆまれてふれられて
そうして帰られる

霊魂ではありませんから
お姿がみえる。というのは
霊視とはことなる目があって
それが届いているのでしょうね

わりと巨大な方々なので……
「神社仏閣が感じる」ほうが
神さまのおとずれに近い気がします

神社仏閣にいきたいな、というのが
神と相思の
こころのいきかいなのかもしれませんね
2018-04-27 08:21:47
不思議レポート

どう形容していいかつかめない邪心(邪神)



たぶん、捉えられる方のなかには
ふたつにわかれていることを
すでに、感覚で把握されていて
ただ、それを
どう形容してよいか
わからないかたも、いらっしゃるのかな、と
思います

邪神は、一概にいえるものではないし
また、おもてむきの姿、言葉も含め
あらわれる姿を
さまざまにかえることができます

しかし、その実態は
ひとつのところから
決して動くことがありません

それは「邪心、悪心」のところです

私が見てきたところ
かれらは
礼儀正しく優しさをふりまかれやすいです

こころの実態は
かわらないままに、
優しさのよそおい
丁寧な礼儀正しさをよそおわれる

そのよそおいは

芯に優しい方
思いやりにあるかたより

派手で、見栄えが良いです……

つまり、
形容しがたい悪心、というのは
すでにこの世にあらわれています……

態度、行為からは
かなり、掴み難い

見た目や
会話で
わかりやすい悪ではありません

……

善悪の区別がつくなら
みえないものの区別もつきます

まず、そこが
つけられないなら
みえないものの手玉に陥ります

みえないもの、は
善であれ、悪であれ
たいはんは人智をこえています

だからこそ、
渡り歩くときは
神の後ろ盾と、己の芯を必要とします

……

目の前に、あらわれるみえないものは
その実態の
ごく一部分にすぎません

人間であれば
誰にとっても、です

(かれらは、たいていは
巨大なのです)

そのすべての姿(心理)……

全容と根源をみぬくことは
遠いひとほどできるのかな、と
おもいます

景色の全容をみるように

のまれきって
中にはいりこんでしまっている人は
はなれてみないと
(ほんとうの、そのものの、全ての姿は)
わからない、見えないものかもしれませんね

……

さにわ、とは
善悪の区別を
心理から頭まで通して
感覚をひらき
無心になって
対象を把握してみること、に
すぎません

このような
混濁の世の中には
さにわはとても大切なことです

問われているのは
「その人」であります

その人が、招いたものであり
その人だから
かかわりがおきているものだからです

……

たとえば

イエス・キリストをなのる
みえないものは
数多くあり

イエス・キリストもまた
散歩を好かれているので
ふれるひとは
よく触れていらっしゃる

真贋混在

ここで問われているのは
「どのみえないものが
真のキリストか(救いか)」ではなくて
「あなた」が
「どのもの」を
「真のキリスト(救いの主)とするか」なのです
2018-04-26 10:59:32
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