たいしたことない、たいしたことはできない

「他人が嫌い」なときは
たいしたことは出来ないもんだと思う

なのに
たいしたことを
知ったか気分になって
している気分になって
はしりまわって
たいしたことないもんだから
欲しいこと、ことごとく
もらえなくて
疲れ果てて
すさんで、悪循環をするのは
そんなときな気がする

結局、人は人と生きていて
交流のなかに、創作はいきづき
知恵はやどり
生活がともり、現実がそこに活きる

人を好きになれないとき
人を喜ばせるような
たいしたことないけど
ささやかなことが
胸に浮かばないんだと思う

人が、人と生きているもんだから
嫌いなときほど
他人が気になるのかもしれない

嫌悪のとき
なぜか、視線は常に他人にむけられやすい

他人が好きなときは
なんか自由だ、

欲しのぞむことがないからか

他人が生きて
日に日に息づいていることが
うれしいだけだから

視線が空を観たり、世界を観たりする

生活がうれしいって
生きることがうれしいって
たぶん、人と生きていてうれしいって
ことなのかもしれない