自分の前の道のり

世界がどのようにみえても
たぶん、ひとりひとり
自分の道のりがあって
そこを進むのだと、私は思う

絵についても
詩や、小説についても
ほかのことについても

他人の道のりではなくて
自分の前に、道のりがあって
みんな、そこを
進んでいって居るんだと思う

ひとのほうがいい、とか
たまにおもえても
それでも、なんだかんだしていって
やっぱり、自分の前へ、
進んでいって
やっぱり、そこに道のりがある

私は、ひとと自分とか
いきものが
そういうふうに
できていると
かんじるから

ひとのほうがいい、とか
こうしたほうがいい、とかは
たとえば、そうしたことが
あったとしても
いっときの補助輪のようなものだと思え

なんだかんだ、
いろんなことをして、
この先を
もさくを自分でやっていって
進むしかないんだと、思う

それはどれもそうなんだと思う

たとえお金儲けでも、
もてることでも
ビジネスでも

思想や、哲学や
教育でも

自分の先は
自分でやってみて
すすむ、
あるいは
どんなに、人のうしろを
あるこうとしても
自然に、自分の道のりにもどって
そこを歩いているものだと思う

……

「これでおわり」というのは
ないんだと思う