初恋のバック転

私は気がつくとバスの中で記憶を失った。

バスの一番後ろに座って、私はえ!?え!?と混乱して頭に手を当てた。

すると隣に座っていた母が「みてごらん、可愛いねぇ」と言った。

母の横の座席に1,2才の赤ちゃんが立って窓の外を見ている。

前の座席に座っているその赤ちゃんの家族らしい人が振り向いてごにょごにょと言った。

「ホントだぁ、かーわいー♪」と言うと、赤ちゃんが振り向いて、笑った。

「あきゃ、あきゃきゃ」

「いやーんかわいー!!」

母は「本当に可愛らしいわねぇ」と言って赤ちゃんを見ていた。

もうすぐ目的のバス停に着くと言うわけで、私たち二人は一番前の座席に移った。

私は赤ちゃんをだっこしていて

「連れて来ちゃった」と言ってその子に頬ずりをした。

バスがうんうんと走る。

乗っていた少女達が「ここで降りるんだよ」とか何とか言って、

バスの運転席の後ろにかかっていた鏡で身なりを整えだした。

その鏡の後ろで私はお化けの格好をして、

脅かしたときに彼女たちが危ない物を持っていないだろうか

(例えばヘアピンとかマッチ棒とか、爪楊枝とか。怯えた拍子に目に刺さったりするもの)

ピョンピョンと跳ねてかがみ越しに見ようとした。

其処はすでにバスの中ではなく学校の教室の中だった。

文化祭だかなにかの最中らしく、机が片づけられていて、

お化け屋敷ふうに黒いカーテンで道を造ってある。

ドアが開いていて外から白い光が射し込んでいるのでぜんぜん怖い感じじゃなかったが。

私はそこでお化けの役なのだ。

見たとこお化けは私しかいなかった。

彼女たちは私が鏡に映っているのに気がついた。

私は顎に手をあてて、「でんでんでん」とダンディに決めた。

鏡の中で、口から血糊をつつーっと吐く。

きゃーっと悲鳴。彼女たちが逃げ去る。

次のお客が来る。

私は隠れる。二人連れの少女達はやはり鏡の前で身支度を整えている。

その途端に後ろの天井からつり下げられ落ちてくる私!

悲鳴。快感♪

しかしその少女達は逃げなかった。

「Sちゃんはタラって呼ばれていたんだよ。」

と話し出した。

そう言えば私は記憶喪失だった。

Sちゃんは私の親友である。私は彼女たちについて、廊下に出た。

「Sちゃんはあのころは『どうにでもなれ!』って人間だったんだ。

ある人友だちが服に『タラ』って書いたんだ。

彼女はもうどうでもいいと思ってそのまま帰ったんだ。

その時家には光代さんと、竹光さんと(現実注・偽名、というかこんな人はいない)」

「お父さんお母さん?」

私はなんで名前で言うんだろうと思いながら聞いた。

「いや、光代さんと竹光さんと他に2人の大人がいたんだ。」

少女は少年になっていた。

少年になっていないほうの少女が

「そう、君の両親だよ」

と言った。

「運悪く君の両親がSちゃんのアパートを借りに来ていたんだな。

彼らは『タラ』と言う文字を見てげらげら笑った。

それを聞かされた君が彼女をタラと呼びだしたんだ。」

燦々と白い太陽が輝く中、私はなるほど、と思っていた。

「君はおばけと呼ばれていたよ」

「あと、ウッチャンとか(現実注・ウっちゃんナンちゃんの)」

私の昔のイメージが思い浮かぶ。

そう言えばあのころは前髪を垂らしていた、

「前髪を垂らしていたからね」

心を呼んだように少年が言う。

私は心の底から素直な物がわき上がってくるのを感じた。

なんでかたくなだったんだろう。

こんなにも楽しい思いでもあったのに。

嬉しくなって私は走った。

廊下は白く、少しすると出口があった。

屋上への出口から、屋上へ。

「わぁほたるだぁ」誰かが叫んだ。

入ると、屋上のまわりを囲っている木々に蛍が瞬いている。

「都会にこんな所があったなんて」

みんな感動して金網ごしに蛍を見ている。

ざわめく人々の中で、私は初恋の人を見つけた。

肩を叩くと、しばらくしてから決心したように彼が振り向いた。

私は泣いていた。

懐かしい、と思った。

彼は数キロ太ったようだった。

彼と私は出口とは反対方向の屋上の奥に行った。

そこには屋根があって薄暗く、白く、一番奥にマットが敷いてあった。

(そう言えば私は彼にバッグ転を教えたのだ)

彼がマットの横について、手を頭に当て、バッグ転の構えをする。

「がんばって!がんばって!」

後ろで私が騒ぐ。私もマットの縦からバッグ転をやってみる。

(現実注・バッグ転と言うよりはデングり返しでした。)

すらっとできた。

彼の後ろについて、悩みさざめき最初の一回転の勇気が出ない彼に

「こわくない!!痛くないから!!がんばって!!」

と叫んで

(ええーいいまどろっこしい、押したろか)と思ったら

彼は見事にごろんと転がった。そのままごろごろと何回転もする。

丸まったまま止まる彼の側にいって

「カメラ!!カメラで撮らなきゃ!!」

「そうだね」丸まったまま彼が言った。

私は走っていって、屋上の屋根の境目の所で二人で煙草を吸っている友だちに叫んだ。

「Iさん!!カメラちょうだい!!E君が何回も転がったの!!」

横目で見るとKちゃんがバッグ転をしようとして高く飛びすぎ、池にはまっている。

「そういやKはバッグ転ができなかったなぁ」

いいながらIさんはウェストポーチをくれた。

カメラは入ってない。

「眼鏡ケースじゃないよ、カメラ頂戴よ」

Iさんはカメラをポケットから取り出すと、屋根のない方へ向かって放り投げた。

「あ!!」

走っていくとY君がじょりじょりとカメラを足で踏んでいる。

「へっへへーん」と笑うY君。

私はY君を片手で抱えると、二つ折りにしてカメラを取ってIさんのところに連れていった。

「I様、Y様がカメラをお踏みになられたので連れて参りました。」

IさんはY君の耳を何遍もとんとんとんと人差し指で叩いた。

それで痒くなるだろうと思っているらしかった。